Nov 29, 2010

ワンプッシュの白髪染め

美容院で綺麗に白髪染めをしても2週間後の髪の根元が白くなってきます。ペンタイプの白髪隠し毎日は面倒だし、染色残りの部分も気になります。美容院代の節約のために自分で白髪染めをするのが良いです。しかし、面倒に乗る私は、一剤と二つの物質を混ぜることではない、ワンプッシュで染められた白髪染めを選択しました。残りは取っておくところもお気に入りです。
円形脱毛症の原因は様々な説が考えています。その一つとして、アレルギーなどの免疫異常がある可能性があります。本来の体を保護するすべての機能に異常が生じるもので、毛根にダメージを与えてしまうことで、円形脱毛症の症状が現れます。免疫機能の異常が原因となる症状は、一般的に治療するのは難しいとされています。
 石巻市の牡鹿半島にある十八成浜(くぐなりはま)に、愛知県のボランティア団体が毎週末訪れ、がれき撤去や炊き出しを行っている。6月に始めた活動は、津波で大きな被害を受けながら、支援の手が届きにくかった住民に復興への意欲も与えている。

 十八成浜で活動を続けているのは、名古屋市に本部を置く「東日本大震災被災者応援 愛知ボランティアセンター」。
 6月中旬から毎週末、十八成浜に入り、がれき撤去や道路の修復などを行ってきた。9月からは仮設住宅の談話室で昼食を振る舞う「くぐなり食堂」を開いている。
 メンバーは高校生から70代までと幅広い。金曜夜に名古屋市を出発。大型バスで12時間かけて十八成浜に着き、夕方まで活動した後、日曜朝、名古屋市に戻る。
 ゼロ泊3日の強行軍。交通費や食材費として1万円を自己負担しての活動にもかかわらず、「リピーター」も多く、参加者は延べ1000人を超えた。
 名古屋市中川区の鬼頭輝久さん(71)は「避難所前のがれきの撤去を終えた時、『明日から違う景色が見られる』と喜んだ地元の人の表情が忘れられない」と話す。
 センターは震災直後に結成され、5月末までは石巻市内や牡鹿半島で支援物資の提供などを行っていた。
 十八成浜に拠点を置くきっかけは、活動中に起きた不手際だった。
 センターは6月上旬、十八成浜で初めて炊き出しを行った。他の作業に人手を取られたこともあって提供する時間が予定より大幅に遅れてしまい、住民から怒りや不満の声が上がった。
 「発奮材料になった。リベンジしなければならないと思った」。代表の久田光政さん(55)=愛知県瀬戸市=は振り返る。
 震災前、約350人が住んでいた十八成浜は海沿いの家の大半が津波で流された。センターの活動が始まるまで、ボランティアが訪れることはほとんどなかった。
 浜の世話役の阿部邦子さん(61)は「心が折れそうになった時、これでもか、というぐらいメンバーが浜に来てくれた。自分たちも負けられない、という気持ちが湧き起こった」と話す。
 久田さんは「仮設住宅がなくなっても訪れるつもりだ。住民に寄り添いながら、柔軟な活動を心掛けたい」と語る。

 J1山形はG大阪に一方的に攻め立てられ、0―5で惨敗した。前半30分、伊東が自陣左サイドでボールを奪われると、二川に先制点を許す。5分後にはイ・グノに加点された。後半は15分、31分、44分と立て続けにゴールを割られた。今季2度目の5点以上の失点。
 序盤の好機を生かせず、後半はわずかシュート2本に終わった。

◎序盤逸機 狙いの展開遠く

 1万3000人以上がJ1残留へのわずかな望みを託して声を張り上げたが、それを裏切るような惨敗。前節まで66得点、リーグトップのG大阪の攻撃力に蹴散らされ、山形はぶざまな姿をさらしてしまった。
 試合後のロッカールームが無言なのも当然か。ほとんどが取材を避けるようにうつむいて帰路に就く中、選手でただ一人、カメラの前に立った山崎も表情は硬い。「力の差を見せつけられた。情けない。残り4試合で意地を見せたい」。うなだれながら絞り出した精いっぱいの言葉だった。
 序盤、主導権を握れる機会は何度かあった。開始直後、ゴール正面で長谷川がフリーで放ったシュートは枠の外。前半8分には左サイドから長谷川、伊東らの連係でゴールに迫ったが、シュートはGKにはじかれ、先制して守り切る本来の形をつくれない。
 失点は今季の悪い癖、攻守の切り替えの遅さから。前半30分、左サイドの伊東がボールを奪われて速攻につなげられ、二川に先制点を許した。攻めるしかなくなった結果、逆にカウンターの餌食となり、失点を重ねた。
 暫定15位の浦和とは勝ち点11差。次節の神戸戦でJ2降格が決まる可能性も出てきた。「最後までチャレンジするしかない」と小林監督。選手も戦い抜くしかない。試合後のサポーターは「まだあきらめるな」と背中を押していたのだから。(山形総局・関川洋平)

 日本映画の上映会や寄席の開催などで親しまれていた仙台市青葉区中央の居酒屋「のんき亭」が31日に閉店することになり、22日、「のんき寄席」の最後の高座が開かれた。23日には、30年以上続いた映画上映会「のんき館」が幕を閉じる。

 のんき亭は1970年代前半に開店した。のんき館は80年8月に始まり、映画月刊紙「き〜の」の発行などで知られた故畑保義さんらを中心に日本映画の隠れた名作を上映。2006年12月スタートののんき寄席は太白区のアマチュア落語家清川波之丞さん(62)の独演会を中心に行ってきた。
 店は岩佐昭子さん(67)が切り盛りしていたが、東日本大震災の影響もあって今月末で店を閉めることになり、のんき亭でののんき館は372回、のんき寄席は43回をもって終了することになった。
 のんき寄席の最終回には約30人の常連客が集い、清川さんが演じる古典落語「愛宕山」「文七元結」などを楽しみつつ閉店を惜しんだ。母親と2人で訪れた若林区の主婦阿部利江さん(58)は「このような雰囲気の場所は他になく、閉店は寂しい」と話した。
 のんき寄席は他の場所で高座を続ける。のんき館の今後は未定だが、上映会は継続させたい考え。
 のんき館の最終回は23日午後2時から。山下耕作監督、中村錦之助主演の「関の弥太っぺ」(1963年)を上映する。入場料1300円。連絡先はのんき館代表の今野さん090(5356)7088。

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