Aug 11, 2009
合宿免許とりたいんだな
合宿免許は、わずか数日の合宿で免許教習を一気に受けるだけで免許を取ることはありませんよね。確かにそうですよね。なんか誰かがアルバイトのおばさんに聞いた気がする。ああ眠いな。私は12時間以上寝ないといけない体質だね。今でも。そこで合宿免許はとれないのだ。 12時間以上の合宿中は、よくないだろうから。しかし、いつかは、合宿で免許とりたいんだなと思っていません。自動車免許を取るために通っていた教習所にはとても楽しい所でした。そこの教習所は教官を手動で選択することができます。の機会に自分のカードを入れて、教習したい日付と時刻を選択した場合は講師も選択できます。だから私は、自分と相性のいい講師を選択しました。その講師は優しく丁寧に教えてくれるので、授業が楽しかったです。
福島第1原発事故で全域に避難指示が出された福島県双葉町の農協職員、古室正一さん(56)ら家族6人が古里を離れ、19日、岐阜市の県営住宅に入居した。東日本大震災の津波で自宅は流され、父一(はじめ)さん(77)は行方不明のまま。放射能漏れトラブルで避難所から避難所に移動を余儀なくされた末の決断だった。「一度家に戻った時、なぜおやじに『逃げろ』と言わなかったのか。すぐにでも捜しに行きたいのに」。心は落ち着かないままだ。
古室さんの自宅は海岸から約100メートル、同原発から約10キロ離れた所にある。11日、双葉町内の勤務先で激しい揺れに襲われた古室さんは自宅と妻の勤務先に車を走らせ、家族の無事を確認した。だが再度、家へ戻ろうとした時には、自宅周辺の建物はすべて津波に流され、家にはたどり着けなかった。
同町内の避難所で再会した家族の中には、同原発内の関連企業で働く長女の田中梢さん(29)もいた。「壁も天井も落ちてきた。こんなことになるなんて」
その後、避難指示地域が拡大し、3カ所の避難所を転々とした。15日、車で岐阜県各務原市に住む親戚の元へ身を寄せた。
19日昼の引っ越しは、通帳などの入った小さいバッグと、避難所で借りた毛布を運んだだけ。田中さんも慣れない土地で2歳の娘を育てなければいけない。「『放射能に汚染された町』と思ってほしくない。子どもが差別されないかも心配」と不安を口にした。【岡大介】
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水道水から基準値を上回る放射性物質ヨウ素131が検出されたことについて、福島県川俣町は19日までに連絡を受けていなかったという。町建設水道課職員は「全く連絡がない。本当ですか」と驚いた様子。「数値が本当なら何らかの対策を取らないと」と不安げに語った。
この職員によると、福島第1原発の30キロ圏外の同町では17〜19日、水道水の環境放射能測定が行われた。結果を知るため19日午後7時ごろ、県に問い合わせたが、「まだ連絡が来ていない」と言われたという。
一方、福島県の災害対策本部は「情報を隠すようなことはしていない。国と県、県庁内(職員同士)の連携がうまくいっていなかったのかもしれない」としている。
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基準値超える放射性ヨウ素検出=福島県川俣町の水道水
「見えない敵と戦う」「ミッションを達成」。東京電力福島第1原発3号機への放水をした東京消防庁の緊急消防援助隊の第1陣が19日夜、帰還。総隊長の佐藤康雄消防司監ら3人が東京都千代田区の同庁で記者会見し、恐怖と緊迫の状況を報告した。
同庁によると、現場の路面状況が悪く、予定になかった車両外での作業を強いられるなど難航。隊員も防護服着用に普段より手間取るなど緊張し、絶えず放射線量を測定しながらの作業だった。
白煙が上がっていた場所を目掛けて放水したところ、直後に放射線量がゼロに近い値に低下したため、燃料プールに命中したと判断したという。
佐藤消防司監は「隊員の安全を確保し、連続して大量の水をプールに放水するミッションを達成できたと思う」と語った。
さらに「放射能という見えない敵と戦う恐怖心を克服した隊員に、敬服の念を抱いている」と振り返った。
「福島原発に行ってくるよ」。佐藤消防司監は派遣要請を受け、妻にメールを打った。返信は1行で、「日本の救世主になってください」だった。「帰ったら、ゆっくり寝たい」。涙を浮かべ、笑顔でつぶやいた。
特殊車両で放射線量を測定した冨岡豊彦隊長は「大変だったのは」と問われ、「残された家族」と答えて沈黙。目を真っ赤にし、ほおを震わせ、「隊員は士気が高く、一生懸命だった。残された家族に、おわびとお礼を申し上げる」と言葉を絞り出した。
3号機の間近で放水をした高山幸夫隊長は「仲間のバックアップがあったからできた」と断言。「出発前、『必ず帰る』とメールをしたら、妻から『信じて待ってます』と返信があった」と明かした。
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